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仰天ニュースでパワハラについてやっていた。
元々内気だった男性はやり手の上司に執拗に責められて、徐々に追い詰められ心を病み自殺してしまった。

あんな上司はそんなに珍しくない。
ああいうことは案外誰にでも起こったりする。
現にあんなふうに追い詰められたことがある。
だから、自分と重なって、ひどくやるせない気持ちになった。

追い詰める側も追いつめられる側もどこかで踏み止まれるチャンスはなかったのだろうか。
誰が悪いだとかそんなことを言うんじゃなくて、歩み寄るようなことはできなかったんだろうか。

彼は元々内気だった。
そう言っていた。
だけど、これは内気な人にだけ言えることじゃない。
誰だって、どんなに強い人であったって、追い詰められることがある。
そうなれば、それまでできていたことができなくなる。
できなくなれば、責められ、追い詰められ、自らを責め、さらにできなくなる。

そんなこときっと多くの人は心のどこかで分かってる。
それなのに、彼みたいな人の苦しみを分かろうとする人は少ない。
分かろうとしないどころか彼の上司のように責めたりする。
だけどそれって、自分は彼じゃないんだってそう思いたくて、自分はちゃんとやれるんだって自分に言い聞かせているみたい。
本当は誰もが抱えている不安やコンプレックスなのに、
そんなふうに思ってはいけない、強くなければ明るくなければって無理をして、そんな自分から目を逸らそうと、誰かを責めるのかもしれない。
強くあろうとすることも明るくあろうとすることもいいことだけど、
そうでなくちゃ生きれない世の中は見せかけの強さや明るさしか持たない弱くて暗い人をたくさん生んでいるんじゃないだろうか。
人々が枠を作ることは自らを苦しめているんじゃないだろうか。
誰もが生きやすい世の中というのは、秩序がなくなるのではなく、ただ目の前の人を否定しないってことなんじゃないだろうか。
目の前の人を認められる人になりたいし、
そんな人がたくさんいる世の中になってほしい。




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久々に体を動かした。
学祭の片付けで椅子やら机やらあれこれを運んだ。
普段運動はほとんどせず、元々体力も筋力もない私にはそんな軽い労働でも、重労働だった。
だから、最後の方は腕に力が入らず、いつも持ってるバックでさえとても重く感じた。
きっと明日あたり筋肉痛になるだろう。
それでも、体を動かした清々しさの方が勝っている。
特にすごく動いたわけでもないけど、なぜだか達成感のようなものを感じている。
たまには体を動かすのもいいなと思った。
2015.05.26 消えない恐怖
また引きずり戻されそうだ。

やっと4年になってうまく行き始めた気がしていた。
不安はあるけど、どうにか話せるようになった。
それはグループの人が気を使ってくれてるってのも大きかったけど、何よりやっと擦り減らさずに自分に正直に生きれるようになり始めていた。

だけど、また穴を落ち始めた気がする。
せっかく少しずつだけど登り始めていたのに…

他の人がどうとかじゃない。
むしろグループの人は親切な方だと思う。
ただ、私がうまく対応できないでいる。
うまく笑ったり話したりできないでいる。
うまく話せないから落ち込んで、余計に話せなくなる。
こうしてまた落ちていくのか。

そんなの嫌だ。
もう自分の人生から逃げたくはない。
だけど、怖いんだ。
うまくやろうとしてもうまくできない自分がいる。

無理に笑うってことじゃない。
話すネタを必死に探してその場をなんとかもたせたいんじゃない。
もっと気楽に話せたら、そう思う。

ずっと消えないトラウマはどうしたら消えるのだろう。
どうしたら怖いと思わなくなるのだろう。

まあ昨日のことだけど、久々に母のことでないことを書こうと思う。

昨日、カレーを作った。
久しぶりに自炊した。
入院前は母が作るか買ってきたもので、入院後はバタバタしてたから外食だった。
だけど、たまには作ろうということで比較的簡単に作れるカレーを作った。

それが、簡単なはずなのに、
肉を先に炒めるだろうかとか、野菜の切り方はこれでいいのだろうかとか本を見たりネットで調べたりと、
ずっと料理をしてなかったボロが出た。
それでもなんとか肉と野菜を煮込みあとはカレー粉を入れるだけとなったが、なぜか肉臭い。
ワインを入れても肉臭い。
仕方なくカレー粉を入れたら、肉臭さは一切消えてカレーの匂いだけになった。
カレー粉の偉大さに思わず感激してしまった。

それで、しばらく火を加えて、食べた。
が、なにか変だ。
まずいわけじゃない。
が、イマイチ。
カレー粉が水と分離してしまってる。
父が言うにはカレー粉を入れた後の煮込みが足りないらしい。

で、次の日の朝、残ったカレーを食べた。
自分で言うのもなんだけど、おいしい。
いつものカレーの味だ。
カレーは煮込みが大事なんだと感じた。

2015.05.21
母が入院した。
絶対入院しなきゃいけないわけじゃなかったけど、
体調が悪くなることが多くて、医師からも入院した方がいいかもということで入院することになった。

それと、外科の先生から説明があった。
内科と違って、専門的に説明された。
そして、内科の先生よりも外科の先生の方が、状況がシビアであると言った。
ただ手術してみないとまだ分からないとも。
手術がうまくいけば(手術がうまくいくっていうのはちょっと語弊があるかも)根治するとのこと。
正直不安だ。
だけど、きっと大丈夫。



2015.05.20
だいぶ日常を取り戻してきたように思う。

母の病気は5年生存率が高い。
それでも、それでも不安だった。
ショックだった。
それに、母の近くにいるとつらくなる時があった。
ふと、つらくて怖くて、母に見られないように泣いた。
だけど、母は多分私が泣いていたことを知っている。

それから少しして、
母はショックだった、つらかった、そう言った。
私はそんな母に大丈夫だからって言っていたけど、それはお母さんは大丈夫だって自分に言い聞かせるためだった。
そうでもしなきゃ崩れそうだった。

だけど、それから数日して少しずつだけど、不安やショックは和らいだ。
医師から手術をすれば治ると言われた。
これは大きかった。
はっきりとそう言ってくれたら安心できた。
生存率なんて数値で言われるよりもずっと安心できた。(数値は自分で調べたのであって、医師は数値で説明はしていない)
講義で言っていたことを思い出した。
患者さんは、生存率が何パーセントって言われてもピンと来ない、それより聞きたいのは治るか治らないのか、生きれるか死ぬのか、ということだ。
その意味が分かった気がした。

今は全く不安がないと言えば嘘になる。
だけど、着実に治る方向に進んで行ってるんだって前向きに思える。

今まであまり手伝いもせず単位のことでも気を揉ませて母に苦労をかけてしまった。
今回のことで本当に今まで自分がなんてひどかったんだって反省した。
それで家事を父と分担してできる限りやった。
ただ急に慣れない家事をやって続かなくなりかけているので、
少しずつできる範囲で母に、そして父にも負担が掛からないように手伝いも勉強もやろうと思う。

2015.05.14
検査結果が出た。
希望が持てる結果だった。
本当によかった。
本当に。

まだ治療はこれから。
でも、これからがあるって本当によかった。


2015.05.12
なんて書けばいいのか分からない。
ここで書くべきでないのかもしれない。

母は病気だった。
病名は言いたくない。
ずっと体調が悪いってしんどいって言っていたのは本当だった。
もっと早くもっと強く病院に行くよう言えば、いや、一緒について行けばよかった。

まだ検査の途中だからどうなるかは分からない。
分からないけど、きっと大丈夫。
絶対、お母さんは大丈夫。
そう言わないと不安でたまらない。
涙が止まらない。

絶対にお母さんは大丈夫。
ここで言ったら大丈夫な気がする。
試験だってなんとか通った。
だから、母も大丈夫。


2015.05.11 しまった
時間割変更で1限があったのに、すっかり忘れてた。
で、完全に遅れて、というか出席できなかった。
それなりに大事な講義っだったみたいなのに。
ただ、唯一の救いはかなり来てる人が少なかったということ。
忘れてる人は多かったようだ。

次からは気をつけよう。

追伸
昨日は荒れた記事を書いてしまったから消しておいた。
一応公開するわけだ。
それなりに気を使うべきだったと反省している。
2015.05.03 Amazon届いた
Amazonが届いた。
ドキドキ、ワクワク




早速、開けてみた。






怪奇大作戦のDVD!





SRIバッチも付いてた。
なんとなく地球防衛軍のバッチを彷彿させて、嬉しいな。

ゴールデンウイークは怪奇大作戦尽くしになりそうだ。